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芸能ニュース [【制服向上委員会 前リーダー・野見山杏里インタビュー2】かつてない少人数のメンバーの中で悪戦苦闘したリーダー時代]

野見山杏里

野見山杏里

  • 野見山杏里
  • 野見山杏里
  • リーダー就任直後のインタビューより(2016年)
  • 『脱原発へかけた少女たちの青春』上映会イベント(2017年)より
  • 『第521回 制服の日』生誕25年祭  & CD発売記念ライブ『みんな みんな  おめでとう』(2017年)より
  • 25年祭に向けた制服の日公演(2017年)
  • 生誕25年祭に向けた制服の日公演(2017年)より
  • 『祝!生誕25年祭公演』(2017年)より
  • 『脱原発アイドルの叫び』(2017年)より

アイドルグループ・制服向上委員会のリーダー・野見山杏里さんがグループから卒業。卒業を決断した理由を明かすとともに、グループに入ってからの活動を振り返ったインタビューPart.1に続き、少人数のメンバーの中リーダーとしての悪戦苦闘も明かしてくれた。



インタビューPart1 https://girlsnews.tv/unit/310194



−−杏里さんは高校1年生の時、芸能活動の経験がまったくないまま制服向上委員会に加入。最初はダンスがまったくできず、歌も得意ではなかったということでしたが、活動するなかで“やっていけそうかな”という実感ができたのは入ってどれくらいの時?



「実は私、初めてのライブか2回目のライブでソロ曲を歌わせてもらっていたんですね」



−−新人では珍しい抜擢ですよね。入ってしばらくはバックダンサーだけの人も多いのに。歌唱力が買われたのかも。



「うーん、あまりにも踊れなさすぎて、歌を中心にやらせてもらったんじゃないかなと思うんですけど…(笑)。歌はもともと好きだったので、歌える環境にあるのは嬉しいなと思いました。踊りにある程度自信がついたのは、入ってから1年半くらいかなと思います」



−−当時は週に何度か歌やダンスの定期レッスンもあったんですよね。



「はい、当時はレッスンと勉強との兼ね合いが大変だったけど、楽しかったですね。勉強を頑張らなければならない学校に通っていたので、平日は7時間授業があって、土曜も毎週午前中は授業がありました。高校に入ったのとほぼ同時くらいに制服向上委員会の活動が始まったのですが、平日は授業が終わるのが5時過ぎで、レッスンが6時ごろからあったので学校が終わると急いでレッスン場に向かうという生活でした」



−−その当時はレッスンだけでなく、生活面での指導でも今よりも厳しい雰囲気があったとのことですが。



「人数が多いと規律って大事じゃないですか。私の最後のほうはメンバーが二人だけになっていたから、個人的に注意できて、その都度いい悪いをある程度左右できるんですけど。昨年、4人くらい新人がまとめて入ってきた時があって、その時は規律をしっかりしようと思ったんですけど、自由な子たちで守れない子が多くて。その頃は私もリーダーになって間も無くで、これまでのリーダーから教えられてきたことを一通り伝えるということからまずは始めたんです。『忘れ物はしない』『期限は守る』ということから『個人のSNSはダメ』ということまで基本的なことばかりだったんですけど、守ってもらえないこともあって…」



−−それは厳しい環境でしたね。



「今はメンバーが少ないこともあって、厳しくしすぎて辞めていかないようにということも考えなければならなくて。本当はよくないんですけど。注意しなければならないところと妥協すべきところ、そのハードルをかなりギリギリまで下げていたと自分でも思います。私は昔から言われてきたことが染み付いているのですが」



−−昨年の前半頃はなかなか自分のイメージしているライブの形ができなくて、もどかしい思いをしているのが伝わってきました。



「昨年の春休みは毎日事務所に行って、定期レッスンがあった時代よりも厳しくレッスンをやってライブに臨んだんですけど、後輩たちが思うようについてきてくれなくて…。リーダーとして私が頑張るしかないと思い始めた時期だったので結構ぐざっと来ました。今でも思い出すと泣きたくなります」



−−自分の思いがなかなか後輩たちに届かず、さらにその思いを共有できる仲間がいないというのは辛かったと思います。



「私も踊れなはしなかったんですけど、自分ができないことがよくないのはわかっていたし、メンバーが多かったので、迷惑をかけないように、できないなりにも努力はしていました。やらないといつまでも踊れるようにはならないという意識があったので…」





■リーダーとして迎えた「生誕25年祭」、そして今後について



−− さて、そんな杏里さんのリーダー時代で大きなトピックスの一つが「生誕25年祭」(2017年9月)だったんじゃないでしょうか。日本最長の女子アイドルグループ(1992年結成)といわれる歴史あるグループの節目の式典を自分がリーダーとして仕切るというのは、喜びと同時にプレッシャーも大きかったのかも。



「はい。先輩が多く、会ったことがなかった方もいらっしゃって、萎縮してどうしようとあたふたしていましたが、小川杏奈さん(9代目リーダー)や清水花梨さん(10代目リーダー)という知っている先輩方や歴代のリーダーの方がいらっしゃって助かりました。この生誕祭を機会に先輩方にも相談に乗っていただきました」



−−もどかしい思いを共有できる仲間がいなかっただけに、先輩の存在はありがたかったですね。



「はい、杏奈さんに相談できたのはすごくありがたかったし、吉田梢さん(6代目リーダー)は一緒に活動していた期間はなかったけど、すごく親身になってくださいました。ライブにOGゲストとしてきていただく機会もありましたが、私を見て『頑張ってると思うよ』と言っていただいて。自分では頑張ってるかどうかわからず、もしかしたらそれは仕事として当たり前のことかもしれないから、その言葉には救われました」



−−さて卒業した今、制服向上委員会には今後どんなグループになってもらいたいと思いますか?



「世の中にはいろんな価値観が存在すると思いますが、それを踏まえた上でメッセージを発信できるグループになればいいなと思います。そうしないと人が入ってくるのも大変だし。そして残ったメンバーは自覚を持って頑張ってもらいたいです」



−−今のところはメンバーがRAYさんが一人という状態でですが。



「RAYだけを残してしまう罪悪感はあるんですけど、でももう3年目になるので、そろそろ大丈夫になってきてほしい。『先輩がいなくなったので自分が頑張らないとな』と思ってもらいたいです」



−−今後ライブが成立するのも大変で、最近よくヘルプで参加してもらっている齋藤優里彩さん、齋藤乃愛さん姉妹のようにOGゲストの手伝いも必要じゃないかと思いますが、杏里さん自身のヘルプ参加の可能性も?



「できる範囲でこれからも何かしらお手伝いさせてもらえたらと。しばらくは、機会があればファンクラブイベントなどにゲスト参加したいと思います」



−−FCイベントより、定期ライブこそOGの力が必要となるのかも。



「ライブも学校との兼ね合いで練習時間がうまくとれればですが…。できればソロ曲のみお手伝いできたら。踊りは苦手だから(笑)。でも、これからもできる限りお手伝いはしていきたいです。制服向上委員会のことは大好きなので!」



(終)



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